B上野地区

石造物をたずねるコース

上野地区では、道祖神や甲子など様々な石造物が見られる。昔の人々が祈りをこめてつくった石造物を巡りながら、水田が美しい集落を歩く。

距離
約5km
所要時間
約2時間

スタート&ゴール

上野会館

〒418-0114 下条141
  1.  中堰(なかぜき)改修記念碑|上野地区は丘陵地帯であり水が得にくい土地だったが、中堰(なかぜき)や大堰(おおぜき)など多くの用水が開かれ、芝川の水を利用して米作りの盛んな地域となった。 中堰改修記念碑の向かいには、甲子(きのえね)、文字道祖神、石灯籠がある。石灯籠には「右上井出 左つりはし」と記されており、道標になっている。

    B-1石造物をたずねるコース

    中堰(なかぜき)改修記念碑

  2. 甲子(きのえね)|「甲子」の文字とともに「明治27年造立」「神田組」の銘がある。これは、年6~7回ある甲子の日の夜に、夜遅くまで宴会をして祀る「甲子待ち」の碑である。甲子の日のなかでも旧暦11月の甲子の日が主な祭日とされ、黒豆や二股大根が供えられた

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    甲子(きのえね)

  3. 双体道祖神|天明元年(1781)に造立された双体道祖神がある。道祖神は、道の神・交通の神や外から来る災いを防ぐ神として、集落の入口などに置かれた。また、双体道祖神は夫婦和合・家内繁栄をもたらすものとしても信仰された。 また、他にも昭和12年(1937)造立の文字道祖神と、宝暦2年(1752)造立の地の神の石(せき)祠(し)がある。

    B-3石造物をたずねるコース

    双体道祖神

  4.  精進川浅間神社|神社の前に幟を立てるための幟杭(のぼりくい)が3本並んでおり、祭礼の際などに「熊野大神宮」・「浅間大神宮」・「八幡大神宮」の幟が立てられる。これらはかつて村内にあった神社の名前であり、ここに合祀されたものである。 また、かつて境内には、明治8年(1875)創立の精進川村の小学校「精進舎(しょうじんしゃ)」があった

    B-4石造物をたずねるコース

    精進川浅間神社

  5.  川掛(かわがけ)の山の神|石祠(石で作られた祠)が5つ並んでいる。神や仏を祀る石祠は江戸時代に盛んに作られたようである。ここには山の神や稲荷などが祀られている。

    B-5石造物をたずねるコース

    川掛(かわがけ)の山の神

  6. 題目塔|題目塔とは「南無妙法蓮華経」の題目が刻まれた石碑である。この題目塔は元禄4年(1691)に造立されたもので、「造主窪地村題目講中」と記されており、窪地村の題目講が建てたものである。 また、ここには天明7年(1787)造立の双体道祖神がある。

    B-6石造物をたずねるコース

    題目塔

  7.  馬頭観音・青面金剛|馬頭(ばとう)観音(かんのん)・青面(しょうめん)金剛(こんごう。馬頭観音の像は寛政5年(1793)造立、文字碑は弘化2年(1845)造立である。馬頭観音は、頭上に馬の頭を載せた姿で表されることが多い。江戸時代になると、大切な労働力である馬の無病息災・供養として馬頭観音の石碑が多く建てられるようになった。 青面金剛像は寛政9年(1797)の造立であり、庚申(こうしん)信仰の石造物である。庚申信仰とは、人の体に住む虫が庚申の日の夜に体から抜け出してその人の悪行を天帝に報告するというものである。虫の報告により寿命が決まるとされ、江戸時代には虫が抜け出さないように庚申の日の晩に夜通し宴会を開いて楽しむことが行われていた。 他に、享保11年(1726)造立の題目塔、文化3年(1806)造立の双体道祖神がある。

    B-7石造物をたずねるコース

    馬頭観音・青面金剛

  8. 上条のサクラ|県指定天然記念物のヤマザクラの大樹で、ウラジロガシ、イヌツゲなどが宿木状に着生している。花の見ごろは例年4月中ごろである。

    B-8石造物をたずねるコース

    上条のサクラ

出典

歩く博物館パンフレット

歩く博物館ガイドブック 訂正版

富士宮市のホームページ