G泉・野中地区

飢渇川から潤井川コース

水のない飢渇川は、やがて水量豊かな潤井川に変わる。かつては水力発電所の水源として、そして今も用水の水源として利用される潤井川の恵みを訪ねる。

距離
約5km
所要時間
約2時間

スタート&ゴール

西公民館

〒418-0031 神田川町27-4
  1. 羽衣湧水池|市保存湧水池。方辺川支流。この周辺には多くの湧水池があり、潤井川に注ぎ込み豊かな流れを形成している。豊富な水は生活用水・農業用水として地域を発展させてきた。

    G-1飢渇川から潤井川コース

    羽衣湧水池

  2. 蛙石|蛙の形をした自然石で、天から降って来たという説が伝わっている。蛙石にお参りし、かたわらを流れる水で目を洗うと目がよくなる、疣を洗うと疣がとれるといわれた。

    G-2飢渇川から潤井川コース

    蛙石

  3. 衣掛松記念碑|浅間大社の祭神コノハナサクヤヒメが出産するとき衣を掛けたという伝説がある。また、武田信玄が駿河国(静岡県)に侵攻してきたとき、戦塵にまみれた衣服を湧水で洗って掛けたという伝説もある。

    G-3飢渇川から潤井川コース

    衣掛松記念碑

  4. 勝之橋|方辺川にかかる橋で、戦国時代武田信玄が駿河国(静岡県)に侵攻してきたとき、この橋の所で「もののふのいくさに勝の橋にきていさみわたりてとる泉芹」という和歌を詠んだといわれる。

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    勝之橋

  5. 一番だし|野中用水と泉発電所水路の取水口で、潤井川を堰き止めるように堤防が作られている。泉発電所は、明治41年(1908)に開設された水力発電所で、昭和43年(1968)に解体・撤去された。

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    一番だし

  6. 一水門|野中用水と泉発電所水路は一番だしで取水し、水路を併用して流れていた。ここには水路最初の水門があった。現在は一水門の手前(一番だし)にも水門がある。

    G-6飢渇川から潤井川コース

    一水門

  7. 沖の河原|かつて潤井川は沖の河原を境にして、上流部は「飢渇川」、下流部は「潤井川」と呼ばれた。潤井川は、上流部は流入水量が少なく降雨時以外は水の流れがないが、途中から下川や清水川などの豊富な湧水が流れこみ豊かな流れとなる。

    G-7飢渇川から潤井川コース

    沖の河原

  8. 泉氏神記念碑|泉の集落の氏神がこの場所に祀られるようになった由縁が記されている。昔、泉の集落と下中里の集落の2集落は同じ場所に氏神を祀っていたが、明治9年(1876)にそれぞれ別の場所に氏神を祀るようになったという。

    G-8飢渇川から潤井川コース

    泉氏神記念碑

  9. 滝戸|以前は川幅が狭く滝のように急流が流れる渓谷だったが、昭和58年(1983)の河川改修工事の際に川幅が広げられ川底の岩が取り除かれたため、現在その面影はない。また、潤井川右岸(市立第三中学校付近)には縄 文時代から古墳時代にかけての遺跡である「滝戸遺跡」がある。

    G-9飢渇川から潤井川コース

    滝戸

  10. 大泉寺|寺伝によると、身延山に向かう途中の日蓮が一宿した家で説法を行い、それを聞いた家人が発心して市内万野原に一宇を建立したことに始まるという。その後、移転・再建を重ね、江戸時代に現在地に移ったという。

    G-10飢渇川から潤井川コース

    大泉寺

出典

歩く博物館パンフレット

歩く博物館ガイドブック 訂正版

富士宮市のホームページ