W内房地区

内房の里をあるくコース

南北に広がる内房地区は、稲瀬川や境川などの川沿いの平地や山の高所にいくつもの集落が展開する。また、富士川西岸に位置し、かつては庵原郡に属していた。

距離
約5km
所要時間
約3時間

スタート&ゴール

芝川公民館内房分館

〒419-0317 内房3890−9
  1. 祥禅寺|創建は不詳だが、戦国時代には穴山武田氏の庇護を受けたとされる古刹である。明治7 年(1874)、寺の前を流れる廻沢川の洪水により被害を受け、明治22 年(1889)に現在の建物が建てられた。寺には、韋駄天立像やその胎内仏とされる小像などが伝っている。

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    祥禅寺

  2. 廻沢川|廻沢川は、祥禅寺の西で稲瀬川に合流する。稲瀬川は、小河川の流入を受けながら内房地区を南から北に流れ、富士川に合流する。稲瀬川やその支流は、普段は水量も少ない穏やかな河川だが、大雨の際には荒れ狂い度々集落に被害を及ぼした。

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    廻沢川

  3. 馬頭観音|道路整備等のために、集落内等の各所から移された馬頭観音が集められている。

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    馬頭観音

  4. 龍興寺|寺伝によると、清見寺(静岡市)の説心和尚が隠居所として開いたことに始まるという。説心は厨子と本尊を持参したという。厨子(富士宮市指定文化財)は禅宗様式で、特徴から室町末期から江戸初期のものと推定される。また、厨子の隣には平安時代末期の作と推定される阿弥陀三尊像が祀られている。

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    龍興寺

  5. 富士浅間神社(相沼浅間神社)|富士山本宮浅間大社と縁のある神社とされ、境内からは富士山を望むことができる。また、穴山武田氏と縁がある神社ともいわれる。神社は白鳥山から続く丘陵の南東端に位置。

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    富士浅間神社(相沼浅間神社)

  6. 白鳥山|標高567m。駿河国(静岡県)・甲斐国(山梨県)の国境(県境)にあたり、古くから両国を結ぶ道が通い、また山頂から富士川を臨む要所である。戦国時代には山城が築かれ、武田信玄の駿河侵攻の際にはのろし台として使用されたといわれている。白鳥山周辺の集落では小正月にどんど焼きをしない場所が多く、その理由として白鳥山と関連する話が伝えられている。

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    白鳥山

  7. 本成寺|寺伝によると、元は真言宗の胎鏡寺という寺だったが、日蓮に説き伏せられて改宗したという。寺に伝わる願満祖師像(日蓮像)は毎年6月1日と10月1日に衣装を着せ替えるという。また、寺は白鳥山の麓に位置し、登山道入口には身延道の道標を兼ねた題目塔がある。その立地から、戦国時代の山城「白鳥山城」との関連を指摘する意見もある。

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    本成寺

  8. 首塚(胴塚)|永禄11年(1568)に、駿河国へ侵攻した武田軍と今川軍とが戦った「内房口の戦い」で討死した者の首(または胴)を集めて、葬った場所といわれる。

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    首塚(胴塚)

  9. 尾崎の川供養|尾崎では、送り盆である16日夜に川供養が行われる。これは、集落の先祖と富士川の水難者を供養するものとされる。カワカンジョウは、本成寺境内で供養をした後、みこしのように担がれて集落を巡る。その後、新内房橋たもとの河原で火をつけられて富士川に流される。

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    尾崎の川供養

出典

歩く博物館パンフレット

歩く博物館ガイドブック 訂正版

富士宮市のホームページ