H西大宮西地区

旧大宮町西地区をめぐるをコース

浅間大社があり、その周囲には浅間大社に関係する神社がある。江戸時代、この地区には浅間大社の社領地が広がり、その開発のために用水が開かれた。浅間大社とそれをとりまく町を歩く。

距離
約5km
所要時間
約2時間

スタート&ゴール

市民文化会館(休館中:入れない)

〒418-0067 宮町14-2
  1. 芙蓉館碑(現在入れない)|※現在市民文化会館が工事中のため立ち入れません。この周辺には、江戸時代、浅間神社(現富士山本宮浅間大社)大宮司富士氏の居館「芙蓉館」があったが、明治時代初め放火により焼失した。

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    芙蓉館碑(現在入れない)

  2. 富士見石|武田氏に戦勝した織田信長が、帰路の途中この石に腰掛けて富士山を眺めたといわれる。

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    富士見石

  3. 浅間大社|国指定史跡「富士山」・世界遺産「富士山」の 構成資産のひとつ。また、本殿は国指定重要 文化財、拝殿・幣殿・楼門・透塀は県指定文化 財、楼門左右の随身像は市指定文化財、境内 の湧玉池 わ く た ま い け は国指定特別天然記念物である。 コノハナサクヤヒメを祀る。社伝によると、大同 元年(806)に山宮から現在地に遷されたとい う。現在の社殿は慶長11年(1606)に徳川家康 が造営したものであり、なかでも本殿は二層か らなる独特の「浅間造り」の様式で知られる。

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    浅間大社

  4. 二之宮浅間神社|浅間神社祭神の第二御子神を祀る。一時浅間大社境内に移されたが、大正3年(1914)、現在地に再建遷座されたという。

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    二之宮浅間神社

  5. 富知神社|「不二神社」・「福地明神」ともいわれ、平安時代には存在していたと考えられている。神社入口には、地蔵や富士亦八郎重本(⑫参照)筆の甲子碑などがある。

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    富知神社

  6. 渋沢用水|淀師の湧水を水源とし、市中心部を潤す。この付近では等高線に沿うように流れるため「横溝川」とも呼ばれる。

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    渋沢用水

  7. 大石寺道の道標|横溝川(渋沢用水)にかかる筋違橋のたもとに、大石寺(市内上条)に至る大石寺道の道標がある。ここから大石寺までの間には数基の道標が残されている

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    大石寺道の道標

  8. 田町の道祖神|手を握り肩を組んだ双体道祖神である。ここは淀師から大中里方面に通じる古くからの道筋であり、昔は田んぼ村と通称された。

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    田町の道祖神

  9. 西新堀用水取入れ口|淀川南公園の所で下川から取水する用水で、江戸時代後期、浅間神社社領地(現在の浅間大社から西町方面にかけての地域)の開発のために開削された。

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    西新堀用水取入れ口

  10. 水神碑|西新堀用水の水神碑があり、その隣には神賀堂浅間の石祠がある。

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    水神碑

  11. 本光寺|大永5年(1525)「神田橋」付近に開かれたが、境内が手狭だったため現在地に移されたという。また、本光寺の灸は癪(しゃく)や中風(ちゅうふう)に効くといわれ、戦前は祭礼の際に番号札を用意するほど賑わったという。

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    本光寺

  12. 富士亦八郎重本筆跡の道祖神|幕末の浅間神社(現富士山本宮浅間大社)大宮司富士亦八郎重本が記した文字道祖神がある。

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    富士亦八郎重本筆跡の道祖神

出典

歩く博物館パンフレット

歩く博物館ガイドブック 訂正版

富士宮市のホームページ