F-6風祭の里を歩くコース
明治41年(1908)の大洪水で潤井川堤防が決壊し、復旧工事の際、喜楽橋から身延線鉄橋までの堤防上に松が植えられ「松原」と呼ばれていた。富丘桜橋下流の堤防に当時の面影がわずかに残っている。
歩く博物館パンフレット
歩く博物館ガイドブック 訂正版